日本で中国のAIを語るとき、DeepSeekとQwenの名前が出て、そこから「中国製オープンウェイトモデル」という一つの塊として扱われることが多い。だが当然ながら、中国国内では各社が激しく争っている。しかもその主戦場は、日本から見えているオープンウェイトの領域ではない。閉じられたフラッグシップと、消費者向けアプリの配信力をめぐる争いである。本稿では、2026年時点で誰が何番手なのか、どういう戦略で戦っているのかを、公開されている数字をもとに整理する。

日本から見えている構図はずれている
海外のコミュニティでは「DeepSeekとQwenがほぼすべてを定義している」という見方が広まっている。しかし中国国内の実際のアプリ利用データを見ると、消費者接点ではByteDanceのDoubao(豆包)が圧倒的な存在感を持つ。両者は同じ市場で競っているのではなく、異なる層を切り取っているにすぎない。
この認識のずれは、日本の観測者が主に海外の技術コミュニティ経由で情報を得ているために生じている。重みが公開されたモデルは、海外の開発者がすぐ試せる。だから話題になる。逆に、中国国内のアプリでしか触れられないモデルは、日本の議論に上がってこない。
見えているのは、中国のAI業界のうち「輸出された部分」だけである。
「一番」は指標ごとに違う
誰がナンバーワンかという問いには、少なくとも三つの答えがある。測る指標が違うからだ。

| 指標 | 首位 | 根拠となる数字 |
|---|---|---|
| 消費者向けアプリ | ByteDance(Doubao) | DAU約1億人。2026年春節期間で利用者数首位 |
| 開発者のトークン消費 | DeepSeek | OpenRouter日次トークンの約36% |
| 企業向けモデルAPI(MaaS) | ByteDance(Volcano Engine) | 2025年上半期に約49.2%のシェアで首位 |
この三つは別々の戦場である。消費者向けアプリは配信力とプロダクトの完成度で決まる。開発者のトークン消費は価格と可用性で決まる。企業向けAPIは営業力と既存の取引関係で決まる。同じ「AI企業の順位」という言葉で語れるものではない。

注意すべきは母集団だ。OpenRouterの数字は同サービス経由の利用に限られ、各社のAPIを直接契約している分は含まれない。この指標で首位のDeepSeekが、中国のAI業界全体で首位という意味にはならない。
四大テックの垂直統合
中国の大手テック四社は、それぞれ自社の既存資産にAIを接続する形で戦っている。モデル単体の性能を売るのではなく、既にある流通経路の中に組み込む戦略だ。
| 企業 | モデル | 接続先の既存資産 |
|---|---|---|
| Alibaba | Qwen | クラウド基盤と自社ECエコシステム |
| Baidu | Ernie | 検索エンジンとの融合 |
| ByteDance | Doubao | 消費者向けアプリへの機能実装 |
| Tencent | Hunyuan(混元) | 既存のSNS・ゲーム基盤との連携 |
この構図は米国の大手と似ている。違うのは、中国では検索、EC、SNS、短尺動画のそれぞれで支配的な事業者が分かれており、AIの入り口も分散していることだ。米国のように一社が検索を独占している構造ではない。
開く層と閉じる層、その標準形
配布戦略には、はっきりした標準形がある。基礎から中位のモデルは公開し、フラッグシップと上位版は閉じる。2026年8月時点で、閉じられているのはQwen3.7-Max、マルチモーダル版のQwen3.8-Max、Ernie 5.1、そしてDoubaoである。公開されているのはDeepSeek、GLM、Kimi K3、MiniMax、および小型のQwenやErnieだ。
Alibabaの動きが典型的だ。最上位のMaxモデルは閉じたまま、それ以外はApache-2.0で公開する。2026年8月にQwen3.8-Maxを公開したときも、出したのはテキスト専用版だけで、マルチモーダルのフラッグシップはAPI限定に留めた。

この分け方には合理性がある。公開されたモデルは普及と評判を生み、標準を取る。閉じたモデルは収益を生む。両方を同時に追えるのが、この二層構造の利点である。
例外はDeepSeekで、最上位までMITで全面公開している。一社だけが「閉じる層」を持たない構造を選んでいる。これは事業モデルとしての賭けであり、他社が追随していない事実そのものが、その難しさを示している。
Doubao ── 配信力と最安価格、そして有料化
Doubaoの強さは、モデルの技術的な話題性ではなく、配信力とプロダクトの到達範囲に支えられている。DAUは約1億人を超え、DAUとMAUの比率は約30%とされる。同業他社が約15%前後であることを考えると、使われ方の濃度が二倍近い。
プロダクトの構成も広い。Doubao 2.0のAIエージェント機能、Seedance 2.0の動画生成、Seedream 4.0の画像生成という三本柱を持つ。単価も同クラスで最安の水準にあり、入力$0.11という数字が挙げられている。
無料競争の終わり
2026年5月、ByteDanceは豆包の有料プランを発表した。月額1400円からという価格設定である。中国のLLM市場では無料でのユーザー獲得競争が続いてきたため、最大手が収益化に踏み切ったことの意味は大きい。Alibabaやテンセントも追随を迫られる見通しとされている。
無料で配って規模を取り、規模を取ってから課金する。この順序は、中国のインターネットサービスで繰り返されてきた形である。AIでも同じ段階に入ったと読める。
Zhipu と Moonshot ── 公開で存在感を買う
四大テックに対して、新興のラボは別の戦い方をしている。ZhipuのGLMとMoonshotのKimiは、重みを公開することで開発者の間での存在感を確保する戦略だ。
GLM-5はMITライセンスで提供され、2026年6月のGLM-5.2は約7530億パラメータのMoE構成(起動は約400億)で、1Mトークンの文脈長を持つ。長時間動作するコーディングエージェント向けに焦点を絞り、閉じた競合の約六分の一のコストを謳っている。GLM-5世代は主に中国国内のHuawei Ascendで学習されたとされる点も見逃せない。
Kimiは、OpenRouterの累計利用量で首位に立ったことがある。K2.5がオープンウェイトで提供され、K3も独自ライセンスで公開された。
| ラボ | 評価額(報道ベース) | 備考 |
|---|---|---|
| Zhipu(GLM) | 約130億ドル | FY26E売上の50〜60倍という水準 |
| Moonshot(Kimi) | 約50億ドル | 2026年1月の新規調達時点 |
2026年は中国のAIラボにとってIPOの年と言われている。重みの公開は、この文脈では上場前の存在感づくりという意味も持つ。技術的な理念だけで説明できる行動ではない。
利用量と知能は乖離している
重要な指摘がある。中国勢のシェアは1年前の2%未満から2026年4月には週次総量の45%超まで伸びたが、利用量と知能は分離しているという観察だ。最も利用量の多い中国モデルは、知能の上位10位圏外に位置する。
つまり多く使われているのは、最も賢いからではない。安く、制約が少なく、すぐ試せるからである。開発者は最高性能を選ぶのではなく、要件を満たす中で最も条件のよいものを選ぶ。
- シェアが高い ≠ 品質が最高
- 重みが公開されている ≠ 商用利用が自由(収益連動ライセンスの例がある)
- 安い ≠ 安く続く(DeepSeekは最大約12倍の値上げを実施)
三つとも、日本での議論で混同されやすい点である。
日本の読み手にとっての含意
実務的な結論は三つに整理できる。
第一に、中国のAI企業を評価するとき、どの指標での順位なのかを確認する。消費者アプリの首位と開発者トークンの首位は別の会社である。
第二に、日本から見えているオープンウェイトは、各社の戦略の一部でしかない。閉じられたフラッグシップの性能や、国内での収益化の進み方は、公開モデルの評判からは推し量れない。
第三に、条件は変わる前提で組む。値上げ、ライセンス変更、有料化への転換が、この一年で実際に起きている。モデルを差し替えられる構造を保っておくことが、そのまま交渉力になる。
まとめ
中国のAI業界は、一つの塊ではない。消費者接点をByteDanceが取り、開発者の利用量をDeepSeekが取り、企業向けAPIをまたByteDanceが取る。その上で、最上位を閉じて収益を確保し、中位以下を公開して普及を取るという二層構造が標準形になっている。
日本で議論されている「中国製オープンウェイトモデル」は、この構造の下半分だけを指している。上半分を含めて見ないと、各社が何を狙っているのかは分からない。